まえおき

1. 尾�ｱ三良の九州巡察
　1) 「御用有之九州各県被差遣候事」
　2) 熊本県内の巡察

2. 旧登記法の制定とその登記機関
　1) 旧登記法以前の不動産公示制度
　　�@ 土地の所有権移転と地券制度
　　�A 土地の担保制度と公証制度
　　�B 土地の所有権移転と公証制度
　2) 政府における登記制度調査の経緯
　3) 旧登記法の制定
　4) 登記の機関

3. 登記機関をめぐる元老院会議の議論
　1) 元老院と尾�ｱ三良
　2) 元老院会議での登記機関に関する議論
　3) 戸長と町村住民
　4) 「政府ノ得ル所」と「登記所ノ受ル費用」

4. 熊本始審裁判所管内における登記所の位置と管轄区域
　1) 熊本始審裁判所管内における登記所位置管轄区域表
　2) 戸長役場をめぐる熊本県会の議論

おわりに

■資料・司法省令甲第４号別表登記所位置管轄区域表（熊本県分）

まえおき

　明治１９年（１８８６年）８月１３日、登記法（以下、旧登記法という）は、公文式（明治１９年２月２６日勅令）によるわが国最初の法律（法律第１号）として公布され、翌明治２０年（１８８７年）２月１日から施行されることとなった。
　旧登記法の制定の目的は、「第一ニ保護第二ニ収入」というものであった。すなわち、第一に人民の権利の保護を、第二に国の税収を目的とするというのである。
　しかし、旧登記法の審議に関する元老院会議において、尾�ｱ三良が「抑モ今回政府此法ヲ設クル所以ハ第一ニハ登記料ヲ徴収シテ歳入ノ幾分ヲ増スニ在リ是レ収入ヲ増加スル主義ニ出ル者トス第二ニハ行政部ニ属セシ登記事務ヲ司法部ニ移シ人民ノ権利ヲ確定スルニ在リ是レ体裁ヲ整頓スル旨趣ニ出ル者トス」と「正直」に述べているように、政府の意図は、第一に「収入」、第二に「保護」にあった。
　旧登記法による不動産公示制度改革の眼目、それは、�@登記の機関を裁判所としたこと、�A登記簿の編成について物的編成主義を採用したこと、�B登記の効力に関し対抗要件主義を採用したことであった。
　このうち、�@の登記事務の取り扱い機関に関しては、元老院会議において、これを裁判所とすべきか、あるいは戸長役場とすべきかをめぐって激しい議論が交わされた。
　すなわち登記事務を司法機関で取り扱うのか、あるいは行政機関で取り扱うのか、という問題であり、これはまた司法省と内務省の権限争いでもあった。
　尾�ｱは、登記機関を戸長役場とすべしとする議論の主導者であった。元老院会議において尾�ｱはこの点をめぐり政府委員らと鋭く対立する。尾�ｱの主張は二度にわたる九州巡察にその主たる根拠を有していた。のべ３００日にもおよぶ調査によって、尾�ｱは地方の実情を知悉していたのである。
　本稿では、尾�ｱと旧登記法の登記機関とのかかわりを採り上げ、登記法成立時の、わが国の国情の一断面をかいま見ることとしたい。
　なお、尾�ｱの人物像等については『尾�ｱ三良日記』上巻における「解説」が、その人的な年表については『尾�ｱ三良日記』下巻の「年譜」が、さらに尾�ｱの活動の経緯については『尾�ｱ三良自叙略傳』上・中・下巻の目次見出しに詳しく、またわかりやすい。


1. 尾�ｱ三良の九州巡察

　1) 「御用有之九州各県被差遣候事」

　明治１８年（１８８５年）３月１２日、尾�ｱ三良は標記の辞令を受け、１７０日余にわり九州各県を巡察することとなった。それは、「憲法政治に最も必要なる民選議員の資格并びに選挙権の資格等」につき、「諸規則を草案」するため、「兎も角も僻遠地の人民経済の情態」を調査する必要があるというものであった。
　尾�ｱはすでに明治１５年（１８８２年）、４１歳の時にも沖縄、長崎、熊本の巡察の命を受け、１２０日余にわたって九州地方の実情を調査していた。この時の実績から、再度の九州巡察を命ぜられたのであろう。なお、本稿では明治１５年の巡察についての紹介は割愛する。
　さて、明治１８年３月２３日、新橋を午後２時に出発した尾�ｱら一行が、横浜で「速力鈍」い「三菱会社の汽船名古屋丸」に搭じ、神戸、馬関を経由して長崎に到着したのは、同月２８日のことであった。以後、
　４月６日夕６時鹿児島着、
　５月５日宮崎県都城着、
　５月２７日大分県細島着、
　６月１６日福岡県久留米着、
　６月２８日午前７時３０分長崎着、
　８月１日午前２時肥後国百貫石沖着、
　８月１７日佐賀大川着、
　というルートを経由した尾�ｱら一行が、帰京のため、三菱汽船名古屋丸に搭じ馬関を発したのは９月２日午後３時、新橋に帰着したのは９月１０日のことであった。なお、名古屋丸船中では、内閣顧問黒田清隆らと面会している。

　2) 熊本県内の巡察

　上記の旅程のうち、ここでは、下記のとおり熊本県内の巡察についてその日程と巡察先の裁判所、区役所、郡役所、戸長役場等を紹介し、併せてその長らの名称を掲げておくこととする。

　記

　上記の巡察において、尾�ｱは九州地方の人民の生活状態や経済の実情につき、つぶさに見聞したことであろう。今日的な言い方をすれば、情報の収集と把握ということになろうか。
　熊本県内においては、４つの裁判所（熊本始審裁判所、天草治安裁判所、八代治安裁判所、山鹿治安裁判所）、２０の区役所・郡役所・戸長役場とその責任者を訪ね、その長らに「尋問」を行っているが、８月８日には川尻戸長・渡辺忠成からつぎのような「説話」を受けている。

　近来戸長ノ事務益々繁劇ヲ加ヘ、殆ド負担ニ勝ユベカラズ。其事務ノ大概ヲ挙グレバ租税徴収ノ事尤繁雑ナリトス。
　然レドモ、是レ欠クベカラザル行政要件ナレバ戸長ノ本分トシテ尽スモ、其他統計表類ノ多キニ尤苦ム。農商務省計リヘ可差出表類毎年七十余枚、県庁ヘ可差出モノモ同様ノ数ヨリ多キモ少カラズ。
　其他文部省衛局等ノ統計類之ニ亜グ。其他臨時需要ノ統計類数フルニ遑アラズ。一ケ年中各戸長役場ニ製スル所ノ統計類何百種類ナルベシ。到底僅々タル戸長役場ノ人員ニテハ爲シ得ベキ事ニアラズ。
　故ニ其統計ナルモノ、只ヱ丶カゲンニ書綴リ間ニ合ハセ置クノミニテ、確実ノ統計ハ恐クハ得ベカラザラン（帳簿、改正数々アリ）。右ノ外学区会アリ、町村聯合会アリ。此有様ニテ推移ラバ、終ニハ混乱云フベカラザラントス云々。（『尾�ｱ三良日記』上巻５７２頁）

　上記の「説話」中には、当時の戸長の極めて多忙な状況がよく語られていて興味ぶかい。


2. 旧登記法の制定とその登記機関

　1) 旧登記法以前の不動産公示制度

　�@ 土地の所有権移転と地券制度
　旧登記法の登記機関について述べる前提として、まず旧登記法以前のわが国の不動産公示制度の展開について概観しておこう。
　王政復古によって成立した維新政府には、日本が国家としての独立を保ち「万国ニ御対立」（大久保利通）するため、政治・経済・軍事の近代化を最も短い期間内になし遂げる必要性が痛感された。かくして新政府は、統一国家の建設、資本主義の発展という歴史的使命を担うこととなった。
　この使命を達成するために必要な多くの改革のうち、最も重要なものが、土地および租税制度の改革、すなわち地租の改正であった。明治６年（１８７３）から始まった地租改正事業によって、幕藩体制いらいのわが国の土地制度は、根本的に変革された。
　地租改正事業の実施にあたっては、�@土地所有権の証明、�A土地売買の法的手段、�B納税義務者の表示、の三つの機能を有する地券がその重要な用具として用いられた。その結果、土地の流通および土地金融はすべて地券によることとなった。
　また地租改正によって全国の地籍が明確になり、各筆に地価が付せられた結果、土地は一般的な取引の客体としての要件を具備することとなった。
　この地券面上の地価については、日本勧業銀行も「開業後相当期間これを鑑定の一資料とした」（『日本勧業銀行史』７８頁）ほどであったという。
　地券を地租改正の手段とした政府は、明治５年（１８７２年）２月２４日大蔵省達第２５号「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」を布達し、その第１２において「爾後地券ヲ不申請密売致シ候者ハ其地所並代金共取揚可申事但致連印候村役人ハ地代金ノ三分通罰金可申付事」とした。
　すなわち土地の売買譲渡にあたっては、必ず地券の書替を要すべきものとし、地券を申請せず土地を密売買した者は、その土地ならびに売買代金を没収されるものとしたのである。
　しかし明治７年（１８７４年）１０月３日にいたり、太政官布告第１０４号は、

　地所売買致シ候節代金受文有之トモ地券申請ケサレハ買主ニ其地所所有ノ権無之候条規則ノ通地券書換申請ヘシ若地券ヲ申受スシテ覚スル時ハ罰金トシテ証印税〔地券書替ノ証印税〕壱倍ヲ科スヘク此旨布告候事

　として、地券書替の手続を経ない密売買の場合の没収の規定を廃止し、密売買は私法上において無効と定めた。
　なお、ここには公法と私法の分化の芽をみることができるもののそれはまだ罰金の規定を有する点において十分ではない、とする指摘がある。この分化が完成するのは、明治８年（１８７５年）６月太政官布告第１０６号においてである。
　同布告は

　明治七年十月第百四号布告左ノ通改正候条此旨布告候事

　地所売買致シ候節代金受取之証文有之共地券申受ケサレハ買主ニ其地所所有ノ権無之候条規則ノ通地券書替可申請事

　として、地券書替を所有権移転の効力発生要件と定め、罰金の規定を廃止した。
　なお、明治１１年（１８７８年）１０月４日地租改正事務局別報達によって、地券書替事務に重要な改正がなされている。すなわち、従来、土地売買譲渡のつど地券書替を行っていたものを、用紙と労力の節約のため、地券書替制をあらため、地券裏面に裏書欄を設け、これに裏書記載することをもって地券書替に足りるとしたのである。
　この制度は明治１２年（１８９７年）２月１０日太政官布告第６号によって公式に承認され、その裏書の雛形も、同月１２日太政官達第７号によって法定された。

　�A 土地の担保制度と公証制度
　つぎに、当時の土地の担保制度についてみておこう。担保には、おおむね今日の質権と抵当権に相当する質入と書入の二種の慣行があったが、地券には担保関係を表す機能がなく、その統一的な公示の方法の必要性が痛感されていた。
　そのため、明治６年（１８７３年）１月１７日太政官布告第１８号によって「地所質入書入規則」が定められた。同規則は、第１条ないし第３条において質入・書入の定義をなし、第９条において質入・書入の証文にはその町村戸長の奥書割印すなわち公証を受くべきものとした。
　奥書割印は旧幕時代の名主奥印から発展した制度で、町村戸長役場に奥書割印帳を備えおき、申請人が提出した質入・書入証文と奥書割印帳とに番号を朱書し、割印をし、証文に奥書をすることである。この奥書割印は、質入・書入の対抗要件となった。
　「地所質入書入規則」によって、「従来しばしば所有権の半譲渡の感のあった土地担保は、明瞭な担保物権・制限物権の地位を取得」し、明治３１年（１８９８年）７月１６日明治民法の施行されるまで、土地担保の実体法規となったのである。
　奥書割印の制度は、その後、明治８年（１８７５年）９月３０日太政官布告第１４８号「諸建物書入質並ニ売買譲渡規則」によって、建物の担保のみならず売買譲渡にもおよぼされ、さらに明治１０年（１８７７年）３月４日太政官布告第２８号によって船舶にもおよぼされた。
　なお、上記の書入質とは、「旧幕時代の家質の制度を継承したものであって、非占有質つまり抵当」（（福島正夫『日本資本主義の発達と私法』２３２頁）のことである。

　�B 土地の所有権移転と公証制度
　さらに明治１３年になると、土地の所有権移転に関し、法制上の重要な展開がなされることとなった。それは明治１３年（１８８０年）１１月３０日太政官布告第５２号「土地売買譲渡規則」の制定である。
　同規則は、売買譲渡による土地所有権の移転は、売買譲渡についての奥書割印すなわち公証によってその効力を生ずるものとし、地券書替は、実体的に所有権が移転した後、その納税名義を変更する手続として行われるにすぎないものとなった。
　さらに、所有権移転のみならず担保権設定の取引も、「地所質入書入規則」、「諸建物書入質並ニ売買譲渡規則」などの一連の立法により、奥書割印という公証制度によって公示されることとなった。ここに地券の私法的意義は大きく後退し、租税制度上に、その意義をとどめることとなったのである。
　地租改正事業の一応の竣功をみた明治１４年（１８８１年）６月、すでにこのとき太政官会計部の登記法の設置に関する上申はつぎのように述べ、地券の廃止と登記法の制定を主張していた。

　地券発行ノ目的タル維新政府土地ノ所有権ヲ認許シタルノ確証ト為シ併セテ地租改正ノ大業ヲ挙行スルタメ一時ノ使用ニ供センカ為メニシテ、当時大ニ官民ヲ便益シタリト雖モ改租竣功ヲ告ケ法律稍ゝ具備スルノ今日ニ至リテハ敢テ其要用ヲ視サルノミナラス、反テ一種ノ財産ノ体ヲ現出シ詐偽騙瞞ノ具トナルノ弊ヲ生シタリ。
　宜シク之ヲ廃止シテ地券ノ台帳ヲ整備シ登記法ヲ以テ其変更移転ヲ証スヘキナリ（『法規分類大全官職門五至七』８６６頁・福島正夫『地租改正の研究』増訂版５０６頁）

　奥書割印という公証制度は、人民にとって簡易、無料という点において馴染みぶかい制度であったが、それは、土地・建物・船舶のそれぞれが、売買譲渡・質入書入のそれぞれについて、別々の法規に服するという点において、また公証簿の管理保存の不完全さという点において、過渡期の制度であった。
　このような公証諸制度の不備欠陥は、取引量の増大にともない、しだいに堪えがたいものとなっていった。その具体的なものは、公証簿の流失、紛失、盗難、虫喰い、鼠喰い、雨漏り、さらにはその内容の錯雑、紛乱、不分明などである。また奥書割印を担当する戸長や筆生などの吏員の不正も少なからず発生した。
　明治１７年（１８８４年）４月７日付の郵便報知新聞社説は、このような公証諸制度のありさまについて、「今ヤ我国農民ノ金融ニ困ムモノハ、固ヨリ資本空乏ニ因ルト雖モ、豈ニ亦タ土地抵当法ノ錯雑紛擾ニシテ、貸主ノ不便ナルニ因ラザランヤ。故ニ其方法ニシテ改良スルヲ得バ、稍ゝ金融ヲ開通スルニ至ルヤ必セリ」と述べている。
　このようにして、各種の公証制度を統一した、近代的な構造を有する不動産登記制度を必要とする客観的情勢はしだいに熟していった。また慢性的な財源不足に苦しむ政府にとって、登記法の制定は登記税の収入を見込む絶好の機会でもあった。
　かくして、明治１４年以来はじめ内務省において、ついで明治１７年以降司法省において、登記法制定の調査がおこなわれることとなった。

　2) 政府における登記制度調査の経緯

　前にも述べたように、はじめ明治１４年８月から明治１７年の初頭まで内務省において、ついで以後司法省において、登記法制定のための調査がおこなわれ、内務省において「地所建物登記税条例」草案、「地所建物質入書入登記税条例」草案、「地所建物登記条例」草案が、司法省おいては「登記条例」草案が作成された。
　登記法の調査が内務省から司法省に移ったその理由について、福島正夫教授は、「思うに、公証制度の不備欠陥が強く意識されたのは、前述した明治１５、６年以後の恐慌期で、この頃戸長を公証の任に当らしめる弊が当局者に痛感されて来たためであろう」（「旧登記法の制定とその意義」『福島正夫著作集』第４巻３６６頁）と推測されている。
　司法省による「登記条例」草案は明治１９年１月、司法大臣山田顕義から総理大臣伊藤博文に提出され、その後、約６か月間にわたる内閣法制局の審査による修正を受けたのち、明治１９年７月１０日元老院に附議された。内閣法制局による修正の方向は「一言にいえば、原案を仏法的からプロイセン的に作り直したもの」（前掲書３６８頁）であった。
　回付を受けた元老院は同月１９日に開議し、同月３０日までには第一、第二、第三の読会を議了した。その際「登記法制定之議案」と「公証人規則制定之議案」とは連帯して附議され、政府委員も両者を一括して説明しているが、ここには登記法と公証人規則との関係に関する興味ぶかい問題がひそんでいるように思われる。
　また、まえおきにおいても述べたように、登記法は単に民事法の制定というにとどまらず、収税の目的を有するものであった。
　元老院会議筆記は「収税ノ目的ヲ有シ二十年四月以後ノ歳入予算ニ組込ミ且其施行期限ハ少クモ六ケ月許ノ猶予ヲ与ヘン為メニ急速ニ議決スルヲ要」すると述べており、このため法案は精力的に審議された。
　そして旧登記法が公布されたのは三読会の議了後わずか１０日あまり後のことであった。
　登記法制定の理由について、内閣委員番外一番法制局参事官周布公平は元老院会議の冒頭においてつぎのように説明する。

　登記法ニ就キ簡単ニ其制定ノ理由ヲ陳セン。今日不動産ノ保護ハ区戸長役場ノ奥書契印ニ成立ス。然ルニ区戸長ハ行政事務ノ頻繁ナルニ由リ充分之レカ保護ニ任スル能ハス。
　啻ニ其役場ノ事務殊ニ繁劇ナルノミナラス、専ラ行政事務ニ意ヲ注クヨリシテ、往々ニ法律所謂司法事務ニ暁通セス。
　故ニ契約ヲ確メント欲セハ当該官吏ヲシテ司法事務ニ暁通セシメサルヲ得ス。本案ハ従来行政部分ニ属セシ不動産ノ保護ヲ司法部分ニ移シ、司法官吏ヲシテ之レヲ保護セシムルニ在リ。
　即チ区戸長役場ノ奥書契印ヲ登記所ノ登記ニ換ルニ外ナラス。此施設タル政府モ幾多ノ費用ヲ要スルヲ以テ、第四章ノ登記料及ヒ手数料ヲ収入スルコトヲ要ス。
　而シテ其収入額ノ如キ聊カ多キニ過クルノ感アレド、登記法ノ施行ハ独リ不動産ノ保護ノミナラス即チ国費ヲ補フモノニシテ、凡ソ国費多端ニ際シ幸ニ賦課ス可キ理由アル事物ニハ之レニ税金ヲ賦課シ以テ国庫ノ収入ヲ増益スルヲ善シトス。
　之レヲ約言スレハ第一ニ保護第二ニ収入ヲ目的ト為スナリ。是レ其大旨ナリ

　3) 旧登記法の制定

　旧登記法は、上記のような経過のもとに、実体法たる民法に先行して制定された。なおこの点につき清水誠教授は、「このようにいわゆる形式的土地法が実体的土地法に先行するという現象はどこの国でもしばしば見られるところであり、わが国の登記法もその例外ではなかった」（「わが国における登記制度の歩み」『不動産登記制度の歴史と展望』１５１頁）と述べられている。
　全４１か条からなる登記法の全体の目次はつぎのようなものである。第一章　総則、第二章　売買譲与、第三章　質入書入、第四章　登記料及手数料、第五章　罰則、附則、
　また、登記法に関連して、
　�@抗告手続（明治１９年１１月９日司法省令甲第３号）
　�A登記所位置管轄区域表（明治１９年１２月２日司法省令甲第４号）
　�B登記請求手続（明治１９年１２月３日司法省令甲第５号）
　�C登記事務ノ取扱者ニ関スル件（明治１９年１２月３日司法省訓令第３１号）
　�D登記法取扱規則（明治１９年１２月３日司法省訓令第３２号）
　�E登記簿及ヒ登記簿謄本其他登記ニ関スル帳簿等ノ程式（明治１９年１２月４日司法省訓令第３３号）
　�F登記料及手数料収納手続（明治１９年１２月４日司法省訓令第３３号）
　�G登記簿等調整手続（明治１９年１２月４日司法省訓令第３５号）
　�H差押等ノ命令書下付ノ件（明治１９年１２月４日司法省訓令第３６号）
　�I郡区町村ノ分合改称等ノ旨届出シムル件（明治１９年１２月４日司法省訓令第３７号）
　�J仮差押ヲ為サントスル者請求方（明治１９年１２月４日司法省告示第７号）
　�K地所建物船舶売買譲渡質入書入公証ニ係ル帳簿書類引継ニ付受取方（明治１９年１２月６日司法省訓令第３８号）
　�L後見人ニ於テ地所建物船舶ノ登記ヲ請フトキ取扱方（明治１９年１２月６日司法省訓令第３９号）
　などの附属法規があいついで定められ、ここに、わが国に本格的な不動産登記制度が敷かれることとなった。

　4) 登記の機関

　旧登記法第３条は「登記事務ハ治安裁判所ニ於テ之ヲ取扱フモノトス治安裁判所遠隔ノ地方ニ於テハ郡区役所其他司法大臣指定スル所ニ於テ之ヲ取扱ハシム」と定め、治安裁判所をもって原則的な登記所とし、遠隔の地では例外として「郡区役所其他司法大臣指定スル所」を登記所とした。
　ここに登記事務は行政事務ではなく、司法事務として位置づけられることとなった。しからば、現実の登記所の配置はどうだったのだろうか。
　明治１９年１２月２日司法省令甲第４号登記所位置管轄区域表によって定められた総計２０７２箇所の登記所のうち、治安裁判所は１９４、郡役所は３６２、戸長役場は１５１６（ちなみに当時の戸長役場総数は１１４６０か所）であり、原則と例外とは逆転していた。
　登記所の設置にあたっては「司法省から十六の菊花紋章入りの幔幕が下賜され」（『日本司法書士史』明治大正昭和戦前編２５６頁）、また「縦二尺五寸横六寸の標札を調製し何々登記所と墨書し、出入口に掲げるよう示達」（『回顧と展望』１７１頁）された。
　登記官吏は、前に掲げた司法省訓令第３１号登記事務ノ取扱者ニ関スル件、すなわち、

　登記法第三条ニ基キ登記事務ハ治安裁判所判事及ヒ登記所所在ノ郡役所戸長役場ノ郡長戸長ヲシテ之ヲ取扱ハシム但治安裁判所書記郡書記及戸長役場吏員ハ判事郡長戸長ノ命ヲ受ケ事務ノ補助ヲ為スコトヲ得

　とする定めによって治安裁判所判事および郡長戸長と定められ、これら登記官吏は登記法第５条によって、始審裁判所長の監督を受くべきものとされた。
　ところで、登記所の、人民に対する対応の実態はどのようなものであったのだろうか。その特徴を一言をもっていえば、それは徹底した「官尊民卑」ということができる。これは戦前のわが国の「天皇主権の一現象形態」（『日本司法書士史』明治大正昭和戦前編２５２頁）といえるものでもあった。
　上記の官尊民卑の風潮について、明治２３年（１８９１年）４月２０日付けの朝野新聞社説はつぎのように評している。

　登記官吏の権勢を弄し、縄墨に拘泥し、立所に弁ずべき登記事務にも許多の時日を費すあり、故に登記を請ふものは、罪を犯して法廷に召喚せらるるものと、ほぼ其感想を同ふす。
　登記官吏の叱咤叫号、亦大罪人を待つと一般なること多し・・・少しく遠隔せる土地より出頭するものは、大抵登記所の近傍に一、二泊せざるを得ず。
　僅に十円にもたらざる売買譲与質入書入のために、家業を休んで遠隔の登記所に出頭し、小吏に叱咤叫号せられて、幾たびか其小胆を破り、其上、更に宿泊料弁当代を払って、其地に宿泊せざるべからざるの苦難に遭ふ。誰か其不幸を憐まざらんや

　なお、『高木熊太日記』（熊本県資料集成９）１０５頁には、「少しく遠隔せる土地より出頭」し、今日でいう金銭消費貸借契約にもとづく抵当権設定の「登記を請ふ」た同人の記録が残されている。
　旧登記法下の登記簿が全く現存していない今日、当時の登記申請人の動きを知りうる貴重な記録と思われるので、ここに紹介しておこう。

　明治二二年四月廿八日　午後ハ三郎同道、山鹿登記所ニ行。熊入村舟津惣八方ニ泊リ。
　明治二二年四月廿九日　午前七時ヨリ三郎同行、登記所ニ出頭致。但共有金元弐拾五円三郎エ貸渡登記済。午後三時ヨリ引取、同六時ニ帰省ノ事。金七拾六錢出。


3. 登記機関をめぐる元老院会議の議論

　1) 元老院と尾�ｱ三良

　明治１９年７月１９日、旧登記法の審議に関する元老院の第一読会は、公証人規則の第一読会に引き続いておこなわれた。ここで、まず元老院の役割とその沿革について簡単にみておこう。
　元老院は明治８年（１８７５年）４月１４日太政官布告第５９号をもって設置され、初回の開院式は天皇陛下親臨のもと、同年７月５日におこなわれた。元老院の役割については明治８年１２月２８日太政官達第２１７号元老院章程に規定されている。
　同章程第１条は「元老院ハ議法官ニシテ凡ソ新法制定旧法改正ヲ議スル所ナリ」とし、元老院が立法機関であることを明定した。
　さらにまた、同章程第４条は「議案ハ勅命ヲ以テ内閣ヨリ交付ス」とし、第６条は「急務ヲ要スル事件ノ元老院ノ検視ヲ経ルニ暇アラサル者ハ内閣ヨリ便宜布告シ後ニ検視ニ付スル事ヲ得」としていた。
　したがって、第４条の規定からは元老院には議案の発議権がなかったこと、第６条の規定からは元老院の検視に先立って内閣が法令を便宜布告できることなど、現行の司法権優位の制度に比し、行政権の優位が認められる。
　これは、元老院が「立憲制度の準備機関」であったからであろうとされている。
　ところで、尾�ｱ三良は明治１８年１２月、参事院議官をへて元老院議官に就任していた。
　尾�ｱの明治政府におけるキャリアは、ひとことで言えば「法制官僚」であり、その頂点は第一次松方内閣における法制局長官（明治２４年６月１０日就任）であった。尾�ｱは「莫逆の友」井上毅のあとを襲って法制局長官に就任したのであった。
　以下、尾�ｱの元老院会議における主張の幾つかを採り上げ、尾�ｱが登記機関についてどのような考えをもっていたのかを紹介することとしたい。

　2) 元老院会議での登記機関に関する議論

　明治１９年７月１０日、内閣総理大臣伊藤博文は、元老院議長大木喬任あてに「登記法右其院議定ニ付ス」との通牒を発した。議定に付された登記法案（法制局案・明治１９年２月３日）中の第３条はつぎのとおりであった。

　第三條　登記事務ハ治安裁判所ニ於テ之ヲ取扱フモノトス治安裁判所ニ隔絶シタル地方ニ於テハ區役所其他司法大臣ノ指定スル所ニ於テ之ヲ取扱ハシム

　本条は、まえにも述べたように不動産公示制度改正の眼目の一つであった。従来、行政機関たる戸長役場でおこなってきた公証制度を廃止し、これに代え登記制度を創設して、これを司法機関たる治安裁判所で取り扱おうというのである。
　第一読会において、五十一番議官箕作麟祥は、この法制局案に賛成する立場からつぎのように述べる。

　抑モ不動産ノ移轉ヲ登記シ以テ其權利義務ヲ確定スルハ元是レ行政部ノ職務ニ非ス専ラ司法部ノ管理ニ屬ス可キ者ニシテ其例證タル歐州文明諸國皆然ラサルハ無シ
　今ヤ我カ政府ハ斷然此原則ニ從ヒ司法部ノ管理ニ屬セシメントスルハ當然ノ措置ト爲ス
　回顧スレハ數年前ニ於テ戸長公證差止方ノ布告案ヲ議スルニ當リ嘗テ論セシ事有リ曰ク地所建物船舶賣買讓渡質入書入等ノ公證ヲ爲スハ畢竟行政部ニ専屬スル戸長ノ職務ニ委ス可キニ非ス

　これにたいして尾�ｱ三良はつぎのように反論する。

　本法ノ旨趣ニハ異議ナキモ其組織ニハ別ニ意見アリ・・・第三條ニ『登記事務ハ治安裁判所ニ於テ之ヲ取扱フモノトス治安裁判所ニ隔絶シタル地方ニ於テハ郡區役所其他司法大臣ノ指定スル所ニ於テ取扱ハシム』ト言ヘリ
　以テ治安裁判所ニ於テ取扱フハ正則ニシテ區役所ニ於テ取扱フハ變則ナルヲ知ル
　其變則中司法大臣ノ指定スル所ト言ヘルハ何等ノ場所ヲ指シ何邊ノ區域ヲ以テ定ムル者ナリヤ其場所ト區域トニ随フテ大ニ人民ノ便否利害ニ關係スルヲ以テ之カ詳細ヲ聽ント欲ス

　これに対する、内閣委員番外一番法制局参事官周布公平の答弁はつぎのようなものである。

　第三條ノ登記事務ハ治安裁判所ニ於テ取扱フヲ本分ト爲スモ全國内二百箇所ニ足ラサル治安裁判所ヲ以テシテハ人民ノ爲メニ不便ナリ故ヲ以テ隔絶セシ地方ニ於テハ假リニ郡區役所ニ於テ取扱ヒ尚ホ足ラサルトキハ司法大臣ノ指定スル登記所ニ於テ取扱ハシム
　此ニ『其他』ト言ヘルハ戸長役場ニシテ其地勢宜キヲ得テ事務ノ稍ヤ齋頓セシ者ヲ擇ミテ之ニ充テ或ハ別ニ治安裁判所ノ出張所ヲ設ケテ登記所ト爲ス等ノ類モ之レ有ラン
　而シテ其區域ノ大略ハ登記所ヲ距ル最モ遠キモ一日程ニシテ往復シ事ヲ辯スルヲ得ルヲ度トシ此カ爲メニ宿泊スル如キ不便ナカラシムルノ計畫ナリ是レ便宜ニ司法大臣ノ指定スル所以トス

　3) 戸長と町村住民

　さらに、尾�ｱは７月２０日の第一読会において、「現今ノ戸長ニハ尚ホ民選ニ係ル者アリ假令官選ニ出ルモ常ニ町村ノ住民ト接近シテ相ヒ面識シ相ヒ親和ス故ニ公證取扱上甚タ便宜ヲ得タリ今ヤ強テ之レヲ治安裁判所ニ移ストキハ徒ラニ人民ヲシテ畏懼ノ念慮ヲ増サシメンノミ」とも述べている。

　ところで、旧登記法制定時の戸長は、明治１７年の郡区町村制度改革後の戸長であった。明治１７年の改革は、
　�@区町村会法の改正（明治１７年５月７日太政官第１４号布告）、
　�A戸長官選制（明治１７年５月７日太政官第４１号達）、
　�B戸長役場管轄区域の拡大（明治１７年５月７日戸長官選ニ付訓示心得および同年６月３日内務卿訓示心得）を内容とするものであり、これは人民の反政府闘争に対する対応措置として、官選によって「地方『名望』家層を統治機構に積極的に組み入れ」（『日本近代地方自治制と国家』山中永之佑１２１頁）人民からの戸長の切りはなしを目的とするものであった。

　なるほど、尾�ｱが述べるように、官選にかかる戸長といえども、町村の住民と「相ヒ面識シ相ヒ親和」していたであろう当時の状況は、容易に想像することができる。しかしそのことはもはや逆に、不動産取引の障碍となっていた。
　明治１４年の松方デフレ政策によって零細な農家のみならず中小の農家の没落も進み、土地の兼併が急速に進行した。これにともない農地の売買・質入・書入も急増していた。
　ちなみに明治１６年〜１９年の４年間に租税滞納で処分された者は２７万人を超し、債務をかかえて身代限りとなった者は７万人を超えた。また国内１８県分のある統計では、１６〜１８年の３年間に耕地（地価）の１４・０％が売買され、１８年末現在、民有地（地価）の１９・２％が書入ないし質入されていた。
　「相ヒ面識シ相ヒ親和」した町村の範囲を超えておこなわれる土地の取引は、もはや戸長役場の公証を障碍とし、近代的な登記法の出現を望んでいたのである。

　4) 「政府ノ得ル所」と「登記所ノ受ル費用」

　前に述べたように、尾�ｱは二度にわたって九州地方を巡察し、つぶさに人民経済の実情を目撃していた。尾�ｱは読会において具体的に数字をあげて登記機関を裁判所とすることの「非」を主張する。尾�ｱの述べる数字を一覧表にして確認しておこう。

■登記件数・登記税収入等に関する尾�ｱ三良の試算

※「本案ノ登記料ハ百分ノ一又ハ千分ノ五ヨリ減スルモ増無ク又全國ノ人口ニ對スル賣買質入書入ノ件數モ亦九州各縣ノ件數ニ及ハサル可シ彼此ヲ較量スルトキハ本法施行後政府ニ收入スル金額ハ大抵百萬圓内外ナラントス」
※「然ラハ政府ノ得ル所既ニ多カラスシテ登記所ノ受ル費用額ノ豐裕ナラサルヲ見ル可シ」　（元老院会議筆記より作成）


　さらに続けて尾�ｱは、もし本法をこのまま施行すれば、「其事端ノ多岐ニ渉ルハ決シテ前日ノ比ニ非ス而シテ此カ爲メニ受ケ得ヘキ費用額ハ前陳ノ如ク寡少ナリ是レ豈得失相償フ者ト謂フコトヲ得ンヤ」と言い、そしてつぎのように自らの結論を述べるのである。

　本官ハ司法部ニ移スル要セス依然戸長役場ノ取扱ニ屬セシメ而シテ登記料ハ本案ノ如ク徴收シ其一半ヲ國庫ニ納メ一半ヲ戸長役場ノ費用ニ充テン
　例ヘハ此ニ登記料ノ收額ヲ百貳拾萬圓ト爲シ其六拾萬圓ハ國庫ニ收メ六拾萬圓ハ戸長役場ノ費用ヲ助ケン是レ政府ハ座カラ其目的ヲ達シ戸長役場モ其潤澤ヲ受ケ人民モ其便利ヲ失フ無ク一舉シテ兩得セン本官ハ切ニ本法ノ組織ノ此ニ出ンコトヲ望ム

　登記税収入１２０万円の半分６０万円を戸長役場の費用に充てようとする尾崎の考えは、地方巡察の体験に裏付けられたものであったのだろう。しかし、確かに詳細なデータに基づく意見ではあったが、これをもって戸長役場を登記機関とすべしと主張するには、やや説得力に欠けていたのではないだろうか。


4. 熊本始審裁判所管内における登記所の位置と管轄区域

1) 熊本始審裁判所管内における登記所位置管轄区域表

　明治１９年１２月２日の司法省令甲第４号登記所位置管轄区域表によって、熊本始審裁判所管内に６５か所の登記所が定められた。その内訳はつぎのとおりである。
　�@治安裁判所６か所
　　熊本治安裁判所、山鹿治安裁判所、宮地治安裁判所、八代治安裁判所、人吉治安裁判所、 天草治安裁判所
　�A郡役所３か所
　　山鹿山本菊池合志郡役所、玉名郡役所、上益城下益城郡役所
　�B聯合町村戸長役場４１か所
　　川尻町外一ケ村戸長役場、他４０か所
　�C戸長役場１５か所
　　宇土町戸長役場、他１４か所

　上記の登記所のうち、�Bの聯合町村役場と�Cの戸長役場は、明治１６年（１８８３年）４月１６日の４月通常県会において承認された「戸長役場区域案」によって定められたものであろう。

　2)　戸長役場をめぐる熊本県会の議論

　この案の建議は、「県下戸長役場の管轄戸数たる、其大なる者は二千戸余に上り、其寡き者は僅々百数十戸にも充たざる者あり。之豈に編成其宜しきを得たる者と言ふべけんや。故に従来の編成法を改正して、概数一千余戸を以て一戸長役場の管轄区域と定め、全県下をして大略画一平均せしめんことを希望す」というものであったが、おそらくこれは政府から天下り的に押しつけられたものであったのだろう。
　それゆえ、託麻郡区選出の三五番嘉悦氏房らはこの案に対し、地方自治に干渉する不当な案であるとして、つぎのように激しく反対している。

　町村区域編成法の如きは、其町村の自治に任せてこそ至当と云ふべけれ。今之が区画を一定に帰せしむる時は、大いに自治の精神に戻る処あるべし。
　啻に然而巳ならず経済上に於ても多少不都合を来すことあるべし。何となれば従来の区域を改正して一層広くする時は、戸長の下に用掛の如き者を置かざるを得ざるの勢に至るは必然の事なればなり

　戸長役場区域をめぐる４月通常県会の白熱した議論については、『熊本県議会史』第１巻８９０・８９１頁に興味ぶかい。
　熊本県下の明治１７年の戸長役場総数は３０９か所〔『熊本県郡区便覧』（熊本県史料集成６）８２頁以下〕とされているから、そのうち、約１８％が司法大臣より登記所として指定されたことになる。


おわりに

　明治１９年７月２２日、登記法取調委員会の途中、尾�ｱ三良は、五十九番議官渡邊清とともに、司法大臣山田顕義と総理大臣伊藤博文を訪ね、登記機関の問題について直談判におよんでいる。
　「早朝参院、登記法調査委員会アリ、議論劇シク、中途ニシテ渡辺清〔元老院議官〕同道ニテ山田〔顕義〕司法大臣、伊藤大臣等ヲ訪ニ、皆要領ヲ得ズシテ帰ル」（『尾�ｱ三良日記』中巻３０頁）というこれらの記述からすると、尾�ｱの主張は相当強硬なものであったのだろう。
　にもかかわらず、尾�ｱの、戸長役場をもって登記機関とすべしとの主張は、結局、政府の容れるところとはならなかった。
　尾�ｱの主張は、人民の利便と財政上の問題にその根拠を有するものであったが、その元老院での発言や、『尾�ｱ三良自叙略傳』中の記述を注意深く見ると、さらにその深奥にあるものを読み取ることができるように思われる。
　すなわち、明治１８年７月２０日の元老院第一読会において、「抑モ不動産ノ所有権等ニ關シテハ外國ニハ極メテ混雑ナル規則順序等ノ在ル有リ幸ニ我國未タ斬ル混雑ノ法令アラス」（下線は報告者）と述べた尾�ｱは、後に、「予は尚此地券法の簡明にして煩累の少きこと、今の登記法の繁雑なるに優ること万々なりと信ず・・・今日不動産売買手数の煩累に比較すれば、其便否難易同日の論にあらず」（『尾�ｱ三良自叙略傳』中巻１３１頁）と記しているのである。
　明治１９年８月３日には、「麻布六本木町三十一番地、畑地宅合して二千二百六十一坪及び建家二十六坪余を代金二千四百圓にて田島為助より買得」（『尾�ｱ三良自叙略傳』中巻１２９頁）した経験も有する尾�ｱは、旧登記法の編纂の過程を横目に見ながら、その心底に、不動産公示手続を複雑なものにしてはならないという思いを抱いていた、と推測することもできるのではなかろうか。
　さて、旧登記法の編纂は、法制局案、全部付託委員会修正案、元老院上奏案と進み、裁可公布された旧登記法は官報に掲載された。
　さらに、明治２１年９月１７日勅令第６４号治安裁判所出張所設置ニ関スル件が発せられ、これにもとづき定められた同年１０月１９日司法省令第１号治安裁判所及出張所位置管轄区域表により、登記所の整理が断行された。
　この結果、登記所は、治安裁判所１９３、治安裁判所出張所６５６、郡役所島庁１５、戸長役場７８（計９４２か所）となり、ここに裁判所をもって登記機関とする登記法第３条の原則は確立した。
　しかし前述の司法省令甲第１号中の、「北海道庁及ヒ隠岐対馬大島各島庁管内ヲ除クノ外各登記所ハ治安裁判所出張所開庁ノ前日限リ廃止ス」とする定めにより、郡役所・戸長役場の登記所は、1,８７８か所から９３か所に激減したのである。
　その結果、１つの登記所は平均７５町村を管轄することとなった。　今日の比ではない当時の交通網の未整備の状況のもとで、上記の登記所整理が人民に与えた「苦難」は想像するにかたくない。尾�ｱの指摘はこの面においては当たったのである。

　本報告のおわりに、今日の登記機関について一言しておこう。
　昭和２２年（１９４７年）５月３日、新憲法施行と同日に施行された「裁判所法」（法律第５９号）によって、「裁判所構成法」は廃止され、司法事務局が設置された。これにともない、登記事務は裁判所から司法事務局へ移管されることとなった。また供託局も改組され、司法事務局に合流した。
　さらに昭和２３年（１９４８年）２月１６日、「法務庁設置に伴う法令の整理に関する法律」（昭和２２年法律第１９５号）の施行により、司法省は法務庁、司法大臣は法務総裁と改められた。
　ついで翌昭和２４年（１９４９年）６月１日、法務庁は法務府となり、司法事務局は法務局・地方法務局に改められ、これとともに、「法務局及び地方法務局設置に伴う関係法律の整理等に関する法律」（昭和２４年法律第１３７号）により、不動産登記事務を取り扱う管轄登記所は、法務局もしくは地方法務局またはその支局もしくは出張所とされた。
　法務府はその後、昭和２７年（１９５２年）８月１日、法務省と改められ今日に至っている。
　かくして、登記事務は裁判所から分離され、法務省の所管するところとなった。「抑モ不動産ノ移轉ヲ登記シ以テ其權利義務ヲ確定スルハ元是レ行政部ノ職務ニ非ス専ラ司法部ノ管理ニ屬ス可キ者」（箕作麟祥）とする考え方に大きな修正が加えられたのである。


■資料・司法省令甲第４号別表登記所位置管轄区域表（熊本県分）　
（図の右下を探っていただくと『拡大ボタン』が現れ、それをクリックすると図が拡大します。）
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2001年4月14日、熊本近代史研究会において報告、『熊本近研会報』第360号に要約を掲載していただきました。　　　　　　佐藤義人